Edison Abreu Olibeira

 
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基本情報

農園名

Sítio Oliveira シッチョ・オリベイラ農園

(Olibeira農園)

生産者 Edson Abreu de Oliveira エジソン・アブレウ・デ・オリベイラ
生産地

エスピリット・サント州 ドーレス・ド・リオ・プレット市 フォルキーリア・ド・リオ集落

カパラオ地域  

標高 1,240m
農園面積

総面積:4ヘクタール コーヒー栽培:2ヘクタール

精製方法

Pulped Natural

ロット数

2Bags/60kg (合計120kg)

品種

Caparao Amareloカパラオ・アマレーロ(当ロット)

栽培品種  カツアイ・アマレーロ、カツアイ・ヴェルメーリョ、カパラオ・アマレーロ
 

MC-31  20kgメタル袋

 

 

 

エジーニョとして知られる、エジソン・アブレウ・オリベイラは、ミナス・ジェライス州とエスピリット・サント州の州境に位置する、標高の高い山脈、セーハ・カパラオ地域のコーヒー生産者である。

エジーニョは1989年12月12日生れ。同山脈の中で丘陵の拡がるフォルキーリャ・ド・リオ集落に古から居る4家族の一員である。

彼の家族の苗字アブレウは、高祖父の父親から始まった。高祖父の父親はポルトガルで生まれで、リオデジャネイロ州のカンタガーロ経由でブラジルへやって来た。自由になる自分の土地を求め、ポルトガルから、エスピリット・サントス州を目指しての長い旅であった。彼は結婚し、やがて彼が農場を拓くことになるフォルキーリャ・ド・リオ集落に移り住んだ。

一族に於いてコーヒー栽培は、ほぼ1世紀となり、曽祖父が今と同じ場所でコーヒー栽培を始めた。

当時、農場の状況は今とは異なっていた。生産の手助けをする機械や技術も無く、まさに手作業であった。それゆえ生産されていたコーヒーの品質も、非常に低かった。そして家庭内で消費しきれなった分を近隣の町で、物々交換したり、売ったりしていた。街道もなくフォルキーリャの生活は非常に孤立していた。商品はロバの背中に載せられ町まで運ばれていたが、その道のりは1日がかりか、それ以上であった。

 

 

 

 

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コーヒー栽培は、曽祖父から祖父、そして父親へと代を重ね、エジーニョへ引き継がれた。エジーニョは畜産やその他の作物には全く興味は無かった。興味のあったのは、若い時から彼の回りの土地にあり、利益が上がる可能性があると感じていた、まさにコーヒー栽培そのものであった。

エジーニョは、3年前に最初のスペシャルティ・コーヒーのロットを生産し、既に2度、それらのコーヒーをスペシャルティとして販売した、同地域に於けるスペシャルティ・コーヒー生産の先駆者である。

フォルキーリャ・ド・リオは、良品質のコーヒーの産地として知られていたが、以前はロットの評価による適正な価格で取引されていなかった。しかも確かな評価基準もなく“良い”コーヒーか“悪い”コーヒーかとの判断のみで売られていた。それ以外にもフォルキーリャの生産者達はスペシャルティ・コーヒーやマーケットについての知識もなかった。言わば販売の時の価格は、仲買人の言い値であった。

販売等と関係なく、エジーニョは既に従来のコーヒーの栽培とは一線を画す、幾つかの方法を採り入れていた。彼のコーヒー園は、高い標高で寒い場所に位置するので、コーヒー樹は、非常に不均一に生育し、一年のうちに何度も開花し、実もバラバラに熟す。その為に、熟成豆と青実の双方を失わない様に、エジーニョは、適度に熟した豆だけを選びながら、いつも手摘みで収穫する。それは手間取る仕事であるが、熟した豆のみが良い味を作り出し、自然とその作業は品質の向上につながっている。フォルキーリャ地域に位置する農園では、コーヒー園での遅咲きになる3月開花は普通である。少し前に、これら3月開花の実をカッピングしたところ、味と香り共に格別な特徴をもつ非常に高品質のコーヒーであることを発見した。他の生産者と同様に、その発見によりエジーニョは収穫に機敏に対応し、特別の注意を払いながら作業を行う様になった。なぜなら実は熟すのが早く、“カフェ・デ・ラップ” (土の上に落ちた低級の熟し過ぎの豆)に変化する可能性があるからである。また彼は、遅咲きの開花から出来た豆は、スペシャルティ・コーヒーの特徴を逃さない様に別に袋詰めする。

エジーショの畠には、自然的な特徴があり、収穫の際に選別を行う。しかし、それだけが彼の秘策ではなく、品質改善の為に、取扱い方法を変えたり、知識を吸収したりして、更に実践面での磨きをかけている。

 

 

ある大きな変化は、同集落にコーヒーの皮むき機が導入された時であった。以前、エジーニョは、収穫したコーヒーを畠から乾燥場まで運んで、そのまま乾燥していたが、皮むき機の導入後、乾燥する前に皮むき機を通し始める。

コーヒーの皮むき作業で、熟した豆は、ボイア(悪いコーヒーの粒)や、あらゆる未成熟豆と分別される。さらに選別された豆はは、別々に乾燥され、 それぞれ異なった特徴によりロット分けされ、品質を向上させる。

その他の変更点としては、コーヒーの味を損なし、如何なる発酵も避けるため、乾燥中に雨や湿気がかからない様、ハウス内での豆の乾燥を始めた。

エジーニョは、ブラジルの環境保護法による制限を気にかけてではなく、環境には重きを置く。彼は農薬を散布しないし、除草剤はコーヒー園の宇根間の手入れを容易する為だけに、一年に一度の散布に抑えている。それ以外は草刈機で栽培地を管理している。草刈りで仕事が約60%も減ったのでこの方法を通していると彼は言う。

エジーニョは既婚で、ジェルバーナと呼ばれる娘がいる。彼の妻ジェシカは、地域の診療所で看護師として働く。畠仕事の他の手伝いや、コーヒーの加工工程で忙しい場合に兄弟に仕事を代わってもらう以外、大方の時間は、エジーニョ1人だけで働く。

 

味覚特長

 香り

クッキーやキャラメル、ナッツの香り。

 

フレーバー

微かにオレンジの酸とキャラメル。

 

 

 

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エジーニョは、彼の父親がコーヒーの木の上で程よく熟した実を放置し、その後に棒で枝を叩いて土の上に落としていたのを思い出しながら、コーヒーを収穫する彼の父親の姿について僅かながらに語る。そして自然に落ちたものと一緒にして、洗ったり乾燥させたりするために、露天式の乾燥場へ運んでいた。その当時から現在まで多くの事が変わった。今日、技術と新しい知識をもって、生産者の仕事は軽減され、コーヒー本来が持つ品質に近づくための可能性が拡がった。それにより生産者、彼の生産物、栽培地で発展させた彼の仕事の評価を高めたが、品質を極めることは容易ではない。エジーニョは、より多くの設備、技術、経験が多いほど、品質の向上につながると確信している。また彼の言葉を借りれば「我々は一生学び続け、まだ何も知らずに死んでいく、なぜなら我々は毎日、無限に終わりのない知識を学んでいると思うからだ。」

エジーニョは、サッカーをしながら育ち、9歳の時にコーヒーの仕事を始めた。そして12歳の時に父親からギターを学んだ。子供の頃、多くの子供達と同様に、彼はサッカー選手になりたかった。また彼は兄弟で民謡のデュオを組み、町でプロ並み演奏していたくらいで、音楽家になることもできた。しかし彼は決断した。その道は、彼が好きで、今実際に行っているコーヒー栽培である。エジーニョは家族をもったことや仕事に感慨を覚える。また彼は、より良い品質のコーヒーを同地域で生産したことに誇りを持っている。

コーヒーは、彼の収入源に全てであり、彼が手に入れ、物質的に築き上げたきた物の源である。しかし、それらを築き上げ、快適な生活を手に入れること以外にも、我々は生きるべきだと彼は信じる。人生を楽しみ、好きなことをする、その為に仕事をするのだと彼は言う。

エジーニョが自由な時間に楽しむため、最近手に入れた一台のモトクロス・バイクも、その一つである

  
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 農場概要

農場名:オリベイラ農園

市:ドーレス・ド・リオ・プレット

州:エスピリト・サント

所在地:フォルキーリア・ド・リオ       

標高:1,240メートル.

総面積:4ヘクタール      コーヒー面積: 2ヘクタール

コーヒー品種:カツアイ・ベルメーリョとカツアイ・アマレーロ

GPSを使った位置

南緯 20度 31分23.7秒

西経 41度 48分26.7秒

 

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