Sebastiana de Oliveira Faria

 
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基本情報

農園名

Alto do Sao Domingos アルト・ド・サン・ドミンゴス農園

生産者

Sebastiana de Oliveira Faria

セバスチアーナ・デ・オリベイラ・ファリア氏(愛称:レレナ)

生産地

ミナス・ジェライス州 エスペイラ・フェリス市 

サン・ドミンゴス地区

カパラオ地域

標高 1,020m〜1,200m
農園面積

総面積:10ヘクタール       コーヒー栽培:10ヘクタール

精製方法

Pulped Natural

ロット数

3Bags/60kg 

品種

Catuai Vermelho カツアイ・ベルメーリョ品種(当ロット)

栽培品種  カツアイ・ヴェルメーリョ カツアイ・アマレーロ・マラゴジッペ
 
 
MC-60 メタル20kg袋
 

 

 

 

セバスチアーナさんは、1947年に生まれで、ミナス・ジェライス州エスペイラ・フェリス市に位置するサン・ドミンゴスと呼ばれる集落で育ち、生活してきた。彼女のフルネームはセバスチアーナ・デ・オリベイラ・ファリアであるが、皆にレレナと呼ばれている。

 “オリベイラ”は、サン・ドミンゴスで生まれたブラジル人を祖先とするセバスチアーナの祖父も含めた彼の父方の苗字である。彼女の祖父イダリノは、トロペイロ【馬車などを使い集団で荷物を運ぶ業者】で、レオポルヂーナの街の鉄道駅から“ペドラ・メニーナ・シャーベ”と呼ばれる地方の駅まで商品を運んでいた。

“ファリア”の名は母方からきており、レレナが言うには、曽祖母がそうであったようにインディアンのプリ族に祖先を持つ。このインディアン【の血統】は曽祖父により、ファリア一家に受け継がれた。ファリア一族はリオデジャネイロ州のナチビダージと呼ばれる町で生活し、レレナの祖父母は、そこにサトウキビの製糖工場を持っていた。その後、彼らは、より良い生活と、より涼しい気候を求めて、サン・ドミンゴスへ移った。コーヒー栽培を前提とし、その地域に一つの農場を買い、コーヒーを植え始めた。

当時、“café de gaveta” と呼ばれる方法で植え付けられていた。コーヒー栽培は当地域で始まったばかりなので、植え付けの苗から家族によって作らなければならなかった。既に一家が植えていたコーヒーの樹から採った一握りの種を播くために穴を掘り、“gaveta(=引出し)”の中で発芽するまで、穴は藁で覆われていた。苗にまで育てられていた。

以前は、農場内に植えられていたものは、コーヒーしかり、全てが家内消費用であった。非常に孤立して生活し、移動は歩くか牛車で、僅かな細道程度で、街道は無かった その為に全ての食糧は自給自足であった。米、豆、肉は農場内からであったが、僅かに発電のための軽油と塩を外部から求めなければならず、レレナと彼女の母は、これらの商品を一日がかりで町まで買い出しに行っていた。レレナの父は非常に活発で働き者であったが、片足を失っており、いくらかの制限があった。そのため、息子たちの助けを借り、代わりに農場を切り盛りしていたのは彼女の母であった。

  

 

 

 

今日、五代に渡り一家はコーヒー栽培に就業しているが、販売のためにコーヒーを拡大したのはセバスチアーナの父であった。1985年頃までタマネギの栽培が一家の本業であった。しかし、その当時コーヒーの販売価格は、より良く、タマネギと違い、保存が出来るので、ついに一家はコーヒー栽培へ転換した。

レレナからは、容易に逞しい女性の横顔を感じ取れる。レレナが38歳の時に、彼女の夫は自動車事故で亡くなり、その時に息子たちに助けを得ながら農場を経営することになった。コーヒー栽培は、収穫を手伝う仲間に不自由することなく安定していが、あの当時の問題と手間取ったことは、乾燥場が非常に小さかった為に、他の乾燥場まで全てのコーヒーを持って行かなければならなったことであったと彼女は語る。

今日、一家は、二人の娘アダイールとアレニール、息子ジュニオール、二人の孫、彼女の兄弟のゼとオリベイラそしてレレナで構成され、コーヒーの仕事は一家で賄われている。よって労働は家族的であり、収穫期に家族だけで収穫が間に合わない時だけ、外部からの人が入る。

一家がクオリティー・コーヒーの栽培を始めたのは、2013年に土壌成分の評価のためエマテール(農村開発技術援助機構)の技師を呼んだ時である。この技師は生産されているコーヒーを見て、クオリティー・コーヒーとなりうることを伝えた。技師の指導で、発酵や味の汚れを引き起こす偶発的な雨に豆が打たれない様に、コーヒーを乾燥させるためのハウスを15日間で彼女たちは建てた。そして地域の品評会にロットサンプルを送り、598組中、14位を獲得した。このことが家族を非常に盛り上げ、スペシャリティ・コーヒーという課題に家族を目覚めさせた。そして品質を探求するため、より一層の改良に取り組み始めた。

 

   

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以前、収穫の間、コーヒーは畝間の土の上にそのまま置かれ、10日から15日たってから畑に取りに行き、土をおとすために洗浄機を通した後に乾燥していた。今日、方法は完全に変わり、土による豆の汚れを避けるため収穫は摘み取った豆をシートの上に落としている。コーヒーは、畑での発酵しないよう、長くとも2日以内に、そこから搬出される。また、収穫された圃場に

従い、小ロット毎に仕分けがなされる。分離した畑、土壌のタイプ、その他の種々の要因がコーヒー品質を変えることがあり、それぞれのロットは香りや味の特徴をもっている。

収穫後、コーヒーは水を満たしたトレーラーで乾燥場まで運ばれるので、トレーラーで既にボイア(低品質のコーヒー)取り除かれる。後にコーヒー豆は、熟成豆と青実とに選別される皮むき機を通す。青実は露天の乾燥場で、熟成豆は密閉式のハウスで乾燥される。その全ての工程で適正な熟成状態の豆の選別と、過度の水分による品質の劣化を回避することが確実となる。今日、セまだバスチアーナは、皮剥きをするためにコーヒーを他の農場へ持って行くが、一家は既に葉や枝を除去する機械、青実を分ける洗浄機、皮剥き機、温度と水分を管理する乾燥機を含む、品質を追求するための全ての設備の自己所有に投資し始めている。

一家は、全員がダイニング・キッチンに集まり、香り、味、豆の見かけなどよるクオリティー・コーヒーを差別化するための仕事の仕方や方針を語り合う。今ではコーヒーの木とも話しができるのだと、笑いながら、冗談を言う。

レレナのコーヒー園には、10月に開花する他、3月の遅咲きがある。これらの花が結実する時、木には最初の開花の実がある。以前は、3月開花したまだ青い実も、熟した豆と一緒に収穫していた。しかし一人の友人の指摘より、テストを行い、3月に開花のものを分けて収穫した。2015年のその時、熟した豆だけを採るために、同じ木を二度まわりながら、初めて手摘みで選別を初めて行った。そして3月開花のものは、独特特徴を持ち非常に良いことを発見した。

セバスチアーナさんはコーヒー園に農薬を散布しない。それらの化学的な毒は、コーヒー木の廻を枯れさせ、畑にとっては良くない。彼女はコーヒーの木の最も近い部分の草取りと畝間の下草刈りのみを行い、森を管理する。また一家は、保全地区や環境保護地域を守っている。そして畑に貯水溝(雨水による表土の流亡を防止する穴)を作る。

  

品評会

形式

順位

2013年

マッタス・ダス・ミナス地域ムリアエ

ナチュラル

14位

2013年

ミナス・ジェライス州

ウォッシュド

良品100選

2014年

ミナス・ジェライス州

ナチュラル

および

ウォッシュド

良品100選

2015年

マッタス・ダス・ミナス地域ムリアエ

ナチュラル

4位

 

味覚特長

 

香り:グレープフルーツ・レモン・ヨーグルト・ハーブ・オレンジ

フレーバー:レモンやベリー系で酸が強め。

 

 

 

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一家の三つの所有地:

1)      農場概要

l  農場名:コヘーゴ・ド・サント・アントニオ

l  市:エスペイラ・フェリス

州:ミナス・ジェライス

所在地:サン・ドミンゴス

l  高度:1000m.

l  総面積:15 ヘクタール       コーヒー面積:13ヘクタール

l  コーヒー品種:カツイア・ヴェルメーリョ、カツアイ・アマレーロ、マラゴジッペ

 

2)      農場概要

l  農場名: アルト・ド・サンドミンゴス

l  市:エスペイラ・フェリス

州:ミナス・ジェライス

所在地:サン・ドミンゴス

l  標高:1,020〜1,200メートル

l  総面積:10 ヘクタール       コーヒー植付面積:10ヘクタール

l  コーヒー品種:カツイア・ヴェルメーリョ、カツアイ・アマレーロ、マラゴジッペ

l  証明書:セルチフィカ・ミナス(作業良好)

 

3)      農場概要

l  農場名:ヴァーレ・ア・ペーナ

l  市:エスペイラ・フェリス

州:ミナス・ジェライス

所在地:サン・ドミンゴス

l  標高:1,050〜1,150メートル

l  総面積:10 ヘクタール       コーヒー植付面積:10ヘクタール

コーヒー品種:カツイア・ヴェルメーリョ、カツアイ・アマレーロ、マラゴジッペ

 
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レレナは、苦難の幼年そして青春時代を過ごした。当時は全てがよりシンプルであったし、同時に多くの快適さはなかった。彼女は学校まで歩いて通い、タマネギの水やりや草むしりの為に戻っていたし、また夜明けには、タマネギを縛りながら過ごした。そして、しばしば夕飯は、アング(トウモロコシ粉を練って加熱した食べ物)の欠片と、黒砂糖で甘くしたコーヒーであったと彼女は語る。 服は砂糖の袋を染めたもので作っていたし、【ベッドやテーブルなどの】カバーは短く、マットレスはトウモロコシの葉であった。そして、牧草や綿で作られる様になってから非常良くなったと彼女は語る。

結婚後、セバスチアーナは、畑に居る人達を手伝うため家の中で一生懸命に働き、皆への食事のために40もの大釜で調理していた。彼女はこれらの弁当箱を、“シアン”と呼ばれていた布の帯で体に括り付け、畑のある丘の頂上まで運んでいた。

当時、レレナは夢やより良い生活などを想いうかべることすらなかった。なぜなら他の選択肢が無かったし、情報を得ることも出来なかったし、あれが彼女の知っている生活だったからであると彼女は語る。その後、もう少し回想しながら、今では実現した、僅かな土地の購入や馬車を持つことを望んでいたと彼女は言う。彼女の言葉は:“以前は夕食を食べるため日中働いていた。今ではタマネギとコーヒーのお陰で非常に良くなった。タマネギに栽培が私に農場を与え、コーヒーは生活を大きく向上させた。馬車を持つのみならずフォルクスワーゲン【の車】や、その後にコンビ【ワンボックスカー】を手にたし、また農場を広げることが出来た。” レレナはハウスを建て、作業の効率化と、クオリティー・コーヒー生産の為の設備を拡充している。彼女が見るには、クオリティー・コーヒーは成果をもたらしている。今日レレナは容易に夢を思い浮かべることができ、そして次の目標は新しい家を建てることである。


GPS位置:
南緯20度32分102秒

西経41度51分137秒

 

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