Jozimar Ramos Protázio

 
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基本情報

農園名

Sítio Forquilha do Rio フォルキーリャ・ド・リオ農園

(Vista Linda  ビスタ・リンダ農園)

生産者

Jozimar Ramos Protázio ジョジマール・ラモス・プロタージオ

生産地

ミナス・ジェライス州 エスペイラ・フェリス市

フォルキーリャ・ド・リオ集落 カパラオ地域  

標高 1,200m〜1,300m
総面積 1.5ヘクタール  コーヒー栽培:1.3ヘクタール
精製方法

Pulped Natural

ロット数

3Bags/60kg (20kg×9袋)

品種

Catuai Vermelho カツアイ ベルメーリョ(当ロット)

栽培品種 カツアイ・ベルメーリョ、カツアイ・アマレーロ
 

 

メタル20kg袋
 

 

 

ジョジマール・ラモス・プロタージオは、エスピリット・サント州とミナス・ジェライス州の州境に位置する山岳地帯の中にあるカパラオ山脈のスペシャリティ・コーヒー生産者である。

エスピリット・サント州ドーレス・ド・リオ・プレット市に位置するフォルキーリャア・ド・リオの集落における古くからの五家族の一員である。彼の曽祖父は同集落の先駆者で、その地域に畠も隣人も居ない原生林であった時に彼は到着した。農場が安定してきたころ、農地の規模も広くなり、一家の主な収入源は畜産であった。農場でコーヒー栽培を始めたのは、彼の父親の父、祖父シッキーニョであった。しかしながら、当時、交通手段や街道もなく、細道を徒歩か牛車で移動せねばならず、まだコーヒーを売ることは難しかった。コーヒーは、彼の父親ジョゼ・オメロの栽培を経て、コーヒーの世界へ飛び込んだジョジマールへと、代々受け継がれた。彼の父親の当時、コーヒーの畝間も含め、まだ沢山のタマネギを植えていたが、タマネギの市場での価格が安いことから、時を経て、タマネギはコーヒーに転換されていった。

青年の時からジョジマールは畠で働いた。そして時間の経過と共にコーヒーの栽培や販売の状況は、非常に変化し良くなっていると語る。最初の頃は、非常に手作業が多く、骨が折れた。コーヒーの木から粒をもぎ取り、少し後に熊手を使い、手作業で土の上の粒を集めていた。コーヒーの袋は、畠から乾燥場まで、山腹の坂を下って運ばれていた。仕事が多いが、結局のところ価格は安かった。地域でのバイヤー不足により、コーヒーは廉価で売られていたし、悪いコーヒーとクオリティー・コーヒーの間に何らの値差もなかった。時が過ぎ、多くのバイヤーが訪れ始め、販売価格は改善してきたので、一家は設備を整えていった。当地域の生産者達は、市場や等級分に関して、より情報を得られる様になった。

 

 

 

ジョジマールのクオリティー・コーヒーの経験は、まだ日が浅いが、収穫や収穫後の作業の変更は、彼が2015年の品評会で受賞したことも含め、既にスペシャリティ・コーヒーのロットに活かされている:

2015年のマッタ・ダス・ミナス地域・ムリアエ品評会ではWashedで3位を獲得した。

 

彼の畠は標高が高く、涼しい場所に位置するので、10月の開花と、3月の遅咲きがあり、年に二度の開花するという特徴がある。木で3月開花の粒が実を結ぶ7月には、10月開花の実が収穫期となっている。後に、その遅咲きの収穫は9月頃になる。最近になって、官能試験が実施され、同地に於ける3月開花の豆の品質が非常良いことが発見され、香りと味が特徴的であることが判明してきた。このためジョジマールは、以前、熟した豆も3月開花の青実も一緒に収穫していたが、選別するようになった。彼は、それぞれの木、それぞれの畠により良い収穫方法を考えながら、知識を活かし丹念に収穫する。彼は、10月開花の粒を機械で収穫する際は、作業の効率性を損なわない様に収穫し、3月開花の粒が適度に熟し収穫出来るようになるまでは、これらの粒を守るため手摘で収穫を行う。そして二つの方法を取り交ぜながら、それぞれの木の花の結実状況や量を注意深くみる。各畠で成長の度合いが異なり、ロットの違いより味覚的な違いが生まれるので、ジョジマールは収穫日や畠の位置に従い、収穫したコーヒーをマイクロロットに分ける。収穫後は、熟した豆と、ボイア(悪いコーヒー豆)や青実を分ける皮剥き機に通し、熟したコーヒーの味と香り引き立てる様に、さらに熟した豆を選別する。

 

 

   

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一つの大きな難題は、この地域の激しい雨であった。そして遅咲きの収穫は雨季に行われ、露天の乾燥場で乾かしていたので、乾燥工程の間に水分で豆が発酵していたとジョジマールは語る。乾燥場で非常くさい臭いを放ち、その臭いを感じることで集落に近づいていることが判ったと地域の人々が言うほど、それは味覚的な特徴を全て変化させ、品質を低下させる。

5年ほど前、ジョジマールは、汚れの無い味を得るための基本的な要件として、水分からコーヒーを守るためのハウスを建て、問題を解決した。

営農は全て家族である。収穫期間中の忙しい時期、ジョジマールは、彼の兄弟や彼の父親と日ごとに仕事を交代する。また彼の妻マリウダもコーヒーの仕事をしていた。4年前で彼女と彼は、脳性麻痺を患ったカウアが生まれ、一人の息子をもった。その時からマリウダは、能力回復プログラムに通わせながら、彼の面倒を見ることに多くの時間を費やすことを決めた。また一家は 、環境やその生命の保護の為に働く。それは、化学製品に敏感で、非常に健康的な食べ物を必要する一人の子供であるカウアの誕生がきっかけであった。一家はここ7年間、所有地のある場所で、除草剤も農薬も使っていないし、農園の中で彼らが食べる全てのものは有機である。ジョジマールはゴミは燃やす(同地域では通常の慣行である)ことはせず、収集のトラックに全てを引き渡す。

一家の農園は大きくはないが、ジョジマールは彼のコーヒー生産で、生計の半分は支えている。そして農閑期には別の地域のコーヒーを収穫し、足りない分の収入を補っている。

 

 

味覚特長

 

 

 

 

 

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ジョジマールの子供の頃は、いたって質素で、多くの快適さもなかった。着替えは一つしかなかったが、必要性も感じなかったと彼は語る。彼は勉強をするのに苦労をした。なぜなら夕方から学校へ行くために日中は働きながら、夜遅く家へ帰り、翌日に早く起きていた。高校を終えた時、彼は大学へ行く時間もお金も無かった。また彼は決して町には行きたくはなかった。畠が好きだったし、大学は地域外にあるのみだったし。しかし彼は学ぶことが好きであった。そして幸いにも高校を終えた時、地域でエコツアーの専門家の講習が企画された。彼は講習に申し込み、そこで同じく講習の生徒であったマリウダと知り合った。

ジョジマールは、コーヒーで働くことを選んだ。実際にモノづくり好きだし、畠で収穫するのが非常好きだし、その他にも始めた時は、金銭的な見返りが多かったからである。彼はコーヒーからの収入で、若い時のいくつかの夢を実現したことも含め、多くのものを得た。若い頃は、簡単に移動できる手段としてオートバイが欲しかったが、今日では車を手に入れた。しかし彼の本当の夢は、今築いている一軒の家であった。最後に、物質面では農場の設備の改善も含め、今あるもの全ては、コーヒーの仕事が与えてくれたと彼は言う。物質面以外で、充分に実現でたことは、主にクオリティ・コーヒーであった。金銭的な側面は確かに重要である、なぜならコーヒーの価値が高まる時には同時に彼の畠での仕事が見直されるから。しかしクオリティー・コーヒーは、集まった金銭的な価値だけが素晴らしいのではない。何か良いものを生産し、提供することが喜びなのだ。彼は話す“この地域の良い製品が知られ、そして貴方が行く全ての所で見られるようなり、ブラジル国内から海外の至る所で、同地域がコーヒーの生産地として認識されるなら、非常に素晴らしいことである。我々の仕事が認められ、そして、それは更なるコーヒーの仕事への喜びと、やり甲斐をもたらす。” 実際のところ、フォルキーリャ・ド・リオは、乾燥場で悪臭を放つコーヒーで知られていたが、スペシャリティ・コーヒーで知られる様になった。その移り変わりは非常に美しく情熱的である。

 

 
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