Fábio Protázio de Abreu nasceu

 
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基本情報

農園名

Forquilha do Rio フォルキーリア・ド・リオ農園

(Sitio do Cedro農園)

生産者

Fábio Protázio de Abreu nasceu

 ファビオ・プロタージオ・デ・アブレウ氏

生産地

エスピリット・サント州 ドーレス・ド・リオ・プレット市 フォルキーリア・ド・リオ集落

カパラオ地域  

標高 1,200m前後
農園面積

総面積:9.4ヘクタール       コーヒー栽培:6ヘクタール

精製方法

Palped Natural

ロット数

5Bags/60kg(20kg×15袋)

品種

Catuai Vermelhoカツアイ・ベルメーリョ(当ロット)

栽培品種  カツアイ・ヴェルメーリョ、カパラオ・アマレーロ
 
 
 
 
メタル20kg袋
 

 

 

ファビオ・プロタージオ・デ・アブレウは、1980年12月生まれの、エスピリット・サント州ドーレス・ド・リオ・プレット市に位置するフォルキーリャア・ド・リオの集落における古くからの五家族の子孫である。

彼の父方の曽祖父は、ちょうど1900年にポルトガル生まれた。若い時、リオ・デ・ジャネイロ州のカンタガーロに着き、ブラジルにやって来た。自分自身で所有でき自由になる土地を求めエスピリット・サント州を目指し、そこ【カンタガーロ】を発ち長い旅につき、今日プロタージオ家が住み、現地生れの曾祖母マリアと知り合い結婚することになるフォルキーリャア・ド・リオの集落で彼の旅を終えた。何年の後、フォルキーリャア・ド・リオで、ファビオと同様に、祖父母や両親は生れ、そして育った。

一族の中でコーヒー栽培は1世紀近くになる。ファビオの曽祖父は1925年頃、斧で森林を切り拓き、そこでコーヒーの生産を始めた。その当時の農場の事情は【現在と】異なっており、コーヒーであれ全ては自家使用のために植付けられていた。外界とは非情に孤立して生活していたし、集落の外への商品の売り買いは難しかった。当時その場所には電気もなく、唯一農場の外で求めたものは、塩と灯油であった。ファビオの曽祖父は、これらの商品を取りに、彼の家族の住むところから1日かかる鉄道駅まで牛車で行っていた。

ファビオの青年当時、当地では、仕事に対する多くの選択の余地はなかったし、なにしろ彼は町へは行きたくはなかったし、それをするにも金銭的な余裕がなかった。より良い選択肢はコーヒーで働くことであり、ファビオが従事し始めた。彼は、2つのことを掛け持ち、多難の時を過ごしたと語る。なぜなら日中を通して畠で働かなければならなかったし、その後、夜に勉強していたからである。ファビオは夜遅く家に帰り、働く為に早朝に起き、非常に忙しかったが、した価値はあった。

 

 

 

 

 

ファビオがクオリティー・コーヒーの生産に目覚めたのは、インカペル(エスピリット・サント農村開発技術援助調査協会)の2人の技師が、一台のコーヒーの皮剥き機をフォルキーリア・ド・リオの集落のために手に入れてくれた、2006年であった。コーヒーの皮むき作業は、熟した豆と、未成熟豆(低級のコーヒー豆)や青味を分け、コーヒーの特徴的な味と香りを与える丁度よい成熟状態の豆のみにするので、品質を向上させた。

その後、エマテール(農村開発技術援助団体)の技師が、マノエルのコーヒーを地域に品評会に出品したところ、思いもよらぬ二位を獲得し、彼のコーヒーに対する品質への探求心に火をつけた。

ファビオは、コーヒーの取扱い方法を変え、そして今日では同地域での従来の方法とは大きく異なっている。人手は家族でまかない、彼の奥さんや義理の姉妹が収穫後の皮剥きや乾燥を行う間、彼の父親と二人に兄弟が収穫に参加するので、足りている。

それは【=家族の労働は】豆の品質を保つ為の重要な作業も何らの支障なくこなし、非常に助かっている。彼の父親も何らかの仕事に参加するし、彼の二人の息子はコーヒーの乾燥場近く住むが、働くにはまだ非常に幼い。

 

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収穫は、土で豆の味を汚さない様に、シートの上に豆を落としながら行われる。同一の時期に全ての豆が熟す耕地では摘取機で収穫されるが、バラバラに豆が熟す場所では、収穫を分けて行う。つまり、より熟した豆を注意深く選びながら、一粒ずつ摘み取る。 収穫の適期になるまで青味は畑に残しておく。収穫の適期になるまで青味は畑に残しておく。

収穫後、豆は皮剥き機に通し、発酵や汚れの原因となる雨に豆が打たれないよう、ハウスで乾燥される。また豆は、それぞれのマイクロ・ロット毎の香りと味の特徴を確認し、収穫日や耕地内の圃場の違いにより、別々の袋に分けられる。

以前はコーヒーの畝間の下草を根っこから除草していたが、今日では地中の肥料や養分が流亡しない様に下草を刈り取るのみである。施肥もまたコーヒー園が最適な栄養状態になるように、年に一度の土壌分析に従い行われている。

ファビオは環境へも気を配る。なぜなら、何年も前から水の配分が減り始めたからである。彼や彼の家族は、敷地内の水源や湖畔林を保全しているし、また彼らが通う教会の教えに従い、除草剤は多くても1年に一回程度に減らしている。

 

 

014年、一家は、3月に開花する遅咲きのコーヒーの花で一つの貴重な発見をした。これらの花が咲き始める時、 (10月の) 最初の開花の実は既にコーヒー樹にある。3月の花の実は僅かなので、以前は木にそのまま放置しておいた。しかし或る日、試しに採って見たところ、これらの実に特別な特徴があり非常に良いことに気付き、同地域でこれらコーヒー収穫の先駆者となった。

一家は、各種の自己啓発の為の講習会に参加しながら、学び、そして理論と好奇心を現場に活かし、技師の手助けを受けながらコーヒーの改善を続けている。既に何年か間、彼らは地域や州の品評会で賞を獲得した

 

 

品評会

方式

順位

2010

マッタス・デ・ミナス地域−ムリアエ

水洗式

2位

2011

マッタス・デ・ミナス地域−ムリアエ

水洗式

2位

2012

エスピリット・サント州

水洗式

8 位

2013

マッタス・デ・ミナス地域−ムリアエ

ナチュラル

13 位

マッタス・デ・ミナス地域

水洗式

1 位

2014

マッタス・デ・ミナス地域

水洗式

2 位

 

 

味覚特長

 

 

 

 

 

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スペシャリティ・コーヒーと働くことは多くの面で人生を高める。なぜなら質のある生産物で仕事し、収入が増える他、彼の家族や彼の地域を世界的に知ってもらえるからとファビオは言う。

ファビオの幼年時代は大変であったが、それなりに良い面もあった。彼は9歳から働き始め、また勉強し遅く帰り、朝早く起きていた。しかし日曜日になったら川や滝で一日中水遊びをしていたと彼は言う。その他、あの当時にもっていた夢以外のものまで、全てがかなえられた。

コーヒーは多くのものを手に入れる機会を与えてくれた、彼の土地、住むための家、移動を容易にする自動車、息子達の食糧など。

そして、我々の生活を快適にするものの他、以前は出来なかった地域外への行く機会をもたらし、また知識、人との出会い、友情、快適さ、ついには幸せさえももたらしくれたと話しを締めくくる。

 
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※クリックすると拡大写真がご覧いただけます
 

プロタージオ家は3つの所有地を持っている:

1)      農場概要

農場名称: フォルキーリア・ド・リオ・ド・エスピリット・サント

市: ドーレス・ド・リオ・プレット

州: エスピリット・サント

所在地:フォルキーリア・ド・リオ集落       

標高: 1,200メートル前後

総面積: 9.4 ヘクタール       コーヒー面積:6ヘクタール

コーヒー品種:カツイア・ベルメーリョおよびカパラオ・アマレーロ

 

2)      農場概要

農場名称: フォルキーリア・ド・リオ・デ・ミナス

市: エスペイラ・フェリス

州: ミナス・ジェライス

所在地: フォルキーリア・ド・リオ集落       

標高: 1,200から1,340メートル

総面積:10ヘクタール      コーヒー面積:9ヘクタール

コーヒー品種: カツイア・ベルメーリョ

 

3)      農場概要

農場名称:ペドラ・メニーナ農園

市:ドーレス・ド・リオ・プレット

州:エスピリット・サント

所在地: ペドラ・メニーナ     

標高: 900から1,000メートル

総面積:10.4ヘクタール       コーヒー面積:9.4ヘクタール

コーヒー品種: カツイア・ベルメーリョ

 

 

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