MC16-17-92  Nakao  Orlando & Andre(中尾家)

【中尾家】1910年頃よりこの物語は始まる。当時の日本は長年の不況に見舞われ国民はそれを逃れて海外に新天地を求めて移住を始めていた。ブラジル移住もその選択肢の一つであった。家族を代表して単独でブラジル移住を決意したのが中尾増吉であった。

 

 

農園名:Serra Negra セーラ・ネグラ

産地:ミナス・ジェライス州 セラード地域 パトロシーニョ市

標高:1050m

農園面積:345Ha 栽培面積:170Ha

栽培品種:ブルボン・アマレーロ / ムンド・ノーボ(当ロットはブルボン)

輸入量:3袋/60kg(20kg×9袋)

 

 

 

中尾増吉奮闘記

 ブラジルサンパウロ州奥地に移住した増吉は毎日一生懸命働き小さい土地を購入し、同時に結婚してその後一子をもうけた。この間約30年苦労の連続であったが、ある日突然、帰国を思い立ち全財産を売り払って帰国の途についた。

帰国後は悠々自適の生活を夢見ていたが、不幸にして2年後日本は戦争に突入彼の夢は消えてしまった。再渡伯を試みてから数年後、今度はブラジルが日本の敵国として参戦、中尾家のみならず在伯日系人全てが困窮な生活を送ることになった。時に中尾家は夫婦と9人の子供達に膨れあがっていた。しかし増吉は苦しい生活の中で、子供達全員を立派に育て上げていった。

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中尾光男

増吉の息子、3男光男は小さい頃より、父の背中を見て育って来たので、父の仕事に対する勤勉さと、それによる苦労の如何ほどかは良く知っていた。自分の農場を始めてアリランニヤに購入、同時に父の遠縁に当たるフミエと結婚した。5年間余りこの農場を経営し、その後カッタンヅーバに第2農場を購入、子供達はこの農場で育てた。

この農場での生活は安定したものであったが、中尾光男の冒険心は、友人より伝え聞いたミナス・ジェライス州のコーヒー栽培に適した耕地購入に至った、その土地は標高が高く、年間気温は低くい場所であったが、その地ですでに栽培されているコーヒーの生育状態の良さを見て購入に決意した。

農場はパトロシニオ市近郊シャッパドン・デ・フェーロ地区で会った。案に違わず最初のコーヒーの収穫量は、前農場を上回る収穫量と高品質の豆を得た。

 

 
 

 

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オルランドとアンドレ

光男の息子オルランドも父達がたどってきた道を同様にたどり、父と共に仕事を学んで来た。彼の仕事に対する態度は大変厳しく作業に当たって来た。大学で化学を学んだ彼の性格から、自らの生活に厳しく接し、農業に対して、ある種の哲学感を持って接していた。特に中尾一家が経営する全てのコーヒー園でのコーヒー豆の品質管理を一手に引き受けていた。父の代より常に経費の節約を心がけて来たが、彼の代ではまず作業の面では、機械化による労力の簡素化を図り極力農薬、除草剤等の化学薬品の使用を減らし、除草は畝間にグリーン・ベルトを設置し、施肥料には極力有機肥料を使用し多少の化学肥料施用を施すように計画した。この様に自然保護を取り入れた栽培法は作物の健康と収穫にも大きく影響を与えた。又コーヒー豆の高品質確保の為、果肉脱皮用機械を購入し完熟果の収穫を行っている。セ—ラ・ネグラ農場にはあまり収穫量の上がらないブルボン種が栽培されているが、これはこの品種を混ぜるのことにより嗜好が増すと云う消費者の要望に答えての策である。

 

オルランドの息子のアンドレも父と同様にコーヒー栽培に従事し今日では、すでにコーヒー栽培者のヴェテランの域に達している。農業大学を卒業後、家族の経営するコーヒー園のコーヒー豆の品質管理を担当している。世界的に認められているUTZ審査に合格して品質の保証を確実にした。

今取り組んでいるのがエコロジー農業経営を保障するRainforestの獲得である。

この計画を遂行する為に農場に自然を取り入れた自然保護区を配した事により

コーヒーの生育から品質等も良くなり、ここで生産されるコーヒーはスペシャリテイ—コーヒーとして取引されている。

先代、先々代の時代には仕事に追われ娯楽など考えも及ばなかったが、今日農場では仕事の合間の娯楽を楽しむようになっている。魚釣り、射撃、オートバイ、家族旅行などである。

 

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現在中尾家は3農場をセラードに有している。

カッタンヅーバ農場はパット・デ・ミナス市の標高1.040mにあり、そこにはカツアイ—アマレロ、ツピー、ムンド・ノーボの3品種のコーヒーが190ha栽培されている。48Haは自然環境保護区として残されている。農場管理は常勤の従業員8名と収穫時期には臨時雇いとして50名の労働者を導入している。

コロニア・アグリコラ農場

パット・デ・ミナス市の標高1000mの地に72Haの面積を持ち、内50Haに

ムンド・ノーボ,カツアイ・ベルメーリョ種のコーヒーが栽培されている。農場の管理は常勤3名と収穫期に20名の臨時雇用者で管理されている・又、14Haは自然環境保護区として残されている。

セーラ・ネグラ農場はパトロシーニョ市の標高1050mにあり、345Haの土地を有し、170Haにブルボン、ムンド・ノーボ種のコーヒーが栽培されている。

90Haは自然環境保護区として残され5人の常勤都収穫時には50名の臨時雇用によって管理されている。自然環境保護を重んじて、施肥は有機肥料を中心に施肥され極力科学肥料の施肥を減らしている。収穫時にはm収穫機が導入されている。除草、農薬散布等についても十分なる注意がはらわれている。

この農場もカッタンヅーバ農場と同様にRainforestの資格を今年中に得るべく期待している。

3農場の合計総面積は655Haでありその内410Haにコーヒーが栽培され152Haが自然環境保護区として残されている。

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